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【特集】分かち合う、共に生きる
-後編-
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東京学芸大学名誉教授・帝京短期大学教授
佐島 群巳(さじま ともみ)氏
プロフィール:
1929年岩手県生まれ。
1953年東京学芸大学卒業。
東京学芸大学付属小金井小学校教諭、東京学芸大学教授、日本女子大学教授などを経て、現在帝京短期大学教授。
その間、1991年文部省「環境教育指導資料(中学校・高等学校編)」作成協力者、1992年文部省「環境教育指導資料(小学校編)」作成協力者を務める。
社会科教育、環境教育関連の著書多数。
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| 体験をともなう「感性」の教育が重要であると訴える佐島群巳氏。前回では佐島氏自身の「環境」との履歴について話を伺い、人と人が関わり合うことの重要さについて説明して頂いた。後編である今回は、長年環境教育に携わってきた同氏の活動の履歴を探るとともに、我々が環境教育を実践して行く上での注意点や方法について聞いていく。
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公害教育から環境教育へ
環境教育関連でめざましい活動を続ける佐島氏だが、ところでどうしてこういった環境教育というものに携わるようになったのだろう。『環境教育』といわれる分野は、昔はなかったようだが・・・。
「そもそも『環境教育』という分野は私が一番早く始めた分野です。もともとは社会科の教育が中心だったのですが、東京オリンピックのあった昭和39年(1964年)頃から公害の問題があちこちで騒がれるようになりました。『公害列島ニッポン』なんて言われていたのです」
各地で相次ぐ「喉が痛い」「目が痛い」という訴え。公害から子供の命を絶対守るための教育をしようということで「東京都小・中学校公害対策研究会」を設立させた。その3年後の昭和42年には「公害対策基本法」というものが制定されている。
「私は昭和40年から昭和42年まで2年間バンコクの日本人学校へ赴任していたのですが、その帰国後すぐに「社会科」の教科書を編集するよう頼まれ、お茶の水大学の学長だった河野重男さんや学芸大学付属小の武藤重治さん、豊島区の高松小学校の若林真一さんなどと4人加わり教科書づくりをはじめました」
その時に先生は『公害教育』という考え方から『環境教育』というものを行わなくてはいけないと考え始めたのだという。
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| 先生の著書「環境マインドを育てる環境教育」を見せて頂いた。 |
「公害教育というのですと、原因追究型で悪者探しの側面があるのですが、そうではなく公害は人間環境の一部なのだという観点で教えなくてはならないと私は提案したのです」
若かったが、思い切ったことを言っていた当時の佐島先生の日常は多忙に見舞われていた。
「忙しすぎて新宿のホームで原稿を書いた事もあります。一晩で数十枚原稿を書いたこともありますよ。3日で1冊本ができる位ですね。勿論たった一度だけですが・・・。今はだいぶ楽になりました」
当時はNHKの小学校社会科5年「テレビの旅」「ラヂオの旅」という番組をつくったり、「教師の時間」に出演したりした。日本人学校から帰国後すぐに東京学芸大学付属小学校に勤めながら大学講師として教鞭をふるうようになり、授業も勿論あった。NHK番組のシナリオを書き、教科書を書き、自分の本も書き、論文も書き、年間で80本ほどの講演を行って・・・。それで授業も行い、学生を研究室に泊めてしっかり勉強させる。想像するだけで気が遠くなるような忙しい日々だ。
バンコクの日本人学校にいたことも良い経験だったという。
「その当時の日本人学校はバンコクにしかなく、外務大臣の辞令をもらって日本人学校に勤める事になりました。日本人学校では週に32時間授業をやっていましたね。楽しい思い出です。暑かったですが体育なども含めて教えていました」
学校にプールがなかったので、国立競技場のプールを借りて水泳の授業をしたりもしていたという。向こうでゼミも開いていた。小学生から中学生まで参加し、バンコクの農家を2年間追跡するフィールドワークを行った。
「バンコクで農業を実体験するフィールドワークです。農家へ行って「サワディ、サワディカア(今日は)」と挨拶をして・・・。向こうの言葉は子供達のほうが得意ですから、現地の人達と子供達はよくおしゃべりしていましたね。網をひっぱって漁業なんかもしていました」
東京学芸大学で講師から教授になり、平成4年に日本女子大学の教授となる。現在の帝京短期大学へ移ってきたのは9年前だ。
人間と環境は「源泉資料」
文部省の「環境教育指導資料」なども含めて、これまでに多くの環境教育に関する書籍・教材を執筆・編集し、環境教育や社会科教育に関する団体の運営委員や理事を経験してきた先生。我々が子供達へ環境教育をしていく上では、どのような事を大切にしていけば良いのだろうかと聞いてみた。
「まず自分の新しい赴任先の周りなど自分の身の回りをフィールドワークしてみることです」 そうするとたくさんの情報を得ることができて、キーになるものが見えてくるのだという。
「この近くですとキーは商店街ですね。そこに豆腐屋さんがあるとする。『朝は何時に起きるのですか』『材料は何を使用しているのですか』『作ったものはどこへ売っているのですか』そんなことをたくさん聞けば、生産から流通、消費までの一連の仕組みをこれだけでも学ぶ事ができるわけです」
教えるより、学校の身近に人間の働きを見せる事ができる場をたくさん探してあげる方が良いのだという。
「人間を通して環境との関わりがたくさん見えてきます。まさに、人間や環境を『源泉的資料』と呼んでいるのですが、人間や環境からはこうした情報が泉のように湧き出てくるようになっているのです」
人間と環境が「源泉資料(リソース)」で、書物や新聞は「典拠資料(ソース)」なのだという。 「ただ単に教えてもらうより、人間からは聞けば聞くほど味わいのある情報が一杯出てくるようになっているのです。相手に物事を尋ねてインタビューをするわけですが、ここでまたコミュニケーションの力がうんと要求されます」
インタビューを円滑に進めるために必要な事。あらかじめ相手に何を尋ねたいのか考えた上でフローチャートを作るべきなのだそうだ。
「間違えてはいけないのが、フローチャートでは、Q&AのAまで予測できないと駄目だと言う事です。こう尋ねたらこういう答えが返ってくるだろうと予測的に考えてからフローチャートを組み立てないといけません」
フローチャートは相手に質問することによってどんな情報を得たいかということを考えるため必要なものである。インタビュー後は実際に得られた回答もフローチャートに書き込んで予想していた回答と比べてみる。比較することによって、初めて物事がわかる。
「豆腐の原料は、『では国内の原料を使っているのですか?』と聞く。向こうの回答によって『そうなんですね』『違うのですね』といったやりとりをする。『国外と国産のブレンドなんですよ。7:3位の比率にしていて、そうするとだいぶ味が変わってくるのです』とかそういった事を向こうが教えてくれたりするわけです」
生産から流通までの一連の過程が垣間見える。一番わかりやすいのは八百屋さんだという。
「大切な事ですが、『これはどこで作ったのですか?』と聞いたその後に『誰が』作ったのか聞かせます。普段の料理はお母さんが作っているわけですが、材料は八百屋さんから調達してきている。それにお母さんが味付けをしているから料理は美味しく食べられる。『味付けをする』『材料を選ぶ』はそれぞれ誰が行っているのか考えさせるのです。そうすると自分との関わりが見えてきます」
そして、それから更に
「この材料を使うために長距離輸送をしているとして、エネルギーをどれだけ使ったとか。車のガソリンを消費してCO2をどれだけ排出したかなども含めて考えるのです」
自分が何かを食べる事によって地球環境に与える影響があると実感させる。
なるほど、皆、何かしら周りの環境とつながっていて、関わっている事を理解するものだから環境教育なのかもしれない。
不安の時代
知らないお店で食べ物を買う場合は、価格のみならず、安全なものかどうかも気になる。野菜だったらどこで栽培されたものかも知りたい。
「昔は八百屋さんに聞けば皆知っていて答えてくれたのです」
何故かというと、野菜を作った人が、これはどこの野菜だと言って運んできてくれていたからだそうだ。もっと昔になると物々交換の時代だから、自家製や自給自足のもので、自分でこういうものがおいしいよと話しながら交換することができた。
「逆に流通のルートが複雑化した今の時代ですと、食べ物一つ選ぶにしても不安の連続なわけです」
そう言えば賞味期限切れの食べ物を売っていたと言うニュースもちらほら聞く。心配だ。賞味期限が切れても食べられるものもあるようだが、しかし、やはり気になるから、食べ物をたくさん捨てる事になる。
「驚くかもしれませんが、日本で1年間に賞味期限切れなどで食べ残されて捨てられる食べ物の量は、およそ11.2兆円です。実を言うとわが国の農林水産業の生産量は12.4兆円ですから生産している分食い散らしているという事実が見えてきます」
なんて事だろう。もったいない!
「だから今の野菜ルートの学習を通してこうした事を見直さないといけないのです」
エネルギーの問題についての理解も大切だ。ハウス栽培の場合と露地栽培の場合では消費されるエネルギーが違う。ハウス栽培の場合は露地栽培の10倍のエネルギーが必要とされる。膨大なエネルギーが消費されているのだ。
「こうした無駄を省けば数十カ国の貧しい国の人達が年間生活する事ができます。よく考えないといけません」
地産地消
余談となるが、先生は40年位前から食文化に関心を持って研究をずっと続けてきて、最近「食農教育」という分野の論文を書いている。
「農業経営の地域構造の研究なのですが、学生の頃の昭和27、28年に地域をフィールドワークして地域の農業経営などを調査したのが始まりです」
農業経営は場所によって違う。農業規模によって違う。地域構造が違うと経営スタイルが違う。地域を出入りして調べていくうちにわかっていった。村が3つが4つあるくらいの範囲の調査だったが、大学の2年生から頻繁に通って3年間調査し、4年生の時、卒業論文としてまとめたものを発表した。東北では疲弊している農村の姿が度々垣間見られる。今は、国からの補助金が出るのは大農経営者のみ。小規模経営者は苦しんでいる。
「農業は日本人の胃袋を満たすとても重要な産業です。工業系の進歩がめざましいようですが、機械だけ作っても胃袋が満たされなければ意味ありません」
でも、今の経済政策はあまりにも農業を蔑ろにしていると先生は言う。
「それと今は生産第一主義になっているように思いますが、本当はむしろ『抑制』『我慢』が大切な時なのです」
大切な事は「地産地消」。自分たちの土地で作ったものを、季節季節に応じて食べて満足する。正月だから無理して特別おいしいものを食べなくてはいけないとかそういうことはない。農業社会への回帰のため大切なことだという。
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終始にこやかだった先生。
「出会い」と「対話」の大切さを教えて頂いた。 |
「見る」「聞く」「伝える」
「フィールドワークでは、情報の記録はマメにとることが大切です」 言葉を発見させて、まとめさせる事が必要なのだという。そして、得られた情報は子供にも大人にもできるだけ分かるように説明させないといけない。
「フィールドワークは『見る』『聞く』が重要ですが、疑問点があれば口でしゃべって尋ねさせるのです。アドリブで言葉を使いコミュニケーションをさせることが大切です」
シナリオにはないコミュニケーション。マニュアルにはない自分の言葉でしゃべらせる。フィールドワークの記録は、言葉での説明も大切だが、なるべくは絵もしくは映像でも表現したものを残しておいた方が良いという。
「これはできれば小さいときから行わせた方が良いですね。体験した事を必ず絵や言葉でまとめさせる。そしてそれを他の人にもわかるように、言葉で伝えられるようになる。そのためにはようく『見て』『聞く』事をしないといけない」
「見る」「聞く」「伝える」、この三つがフィールドワークで必要な1セットのようだ。 「また、逆に体験していない事を言葉だけで教えてもらっている場合は、映像を見たり、教えてもらってからそれを見に行ったりします。体験する事によって教えてもらうのとは逆になりますが、教えてもらってから体験することにより理解するのです。いずれにしても『体験』はやはり重要なわけですね」
先生が教えている「生活環境演習」では学生達に、自分の住んでいる地域と学校の周りとの比較研究などのフィールドワークをさせる。結果はレポートにまとめさせて10分間スピーチで発表してもらうのだそうだ。その時によく言い聞かせているのが「自分の話している事を相手がよく聞いてくれているかどうか見る」ことなのだという。
「出会い」と「対話」
「出会いはとても大切です。『出会い』と『対話』。この二つが今環境教育をしていく上でとても大切だと私は若い教師へ教えたいです」
先生は今、帝京短期大学でたくさんの教え子達を抱えている。何年もいるから愛校心もすっかり身につけいるようだ。
「私は学生達によく聞くのです。『学校が好きか?楽しいか』ってね。愛校心、愛学心、郷土心、郷土愛などやっぱり必要ですよ。それがない人間がどうしてそこに住めるのですか?ただし、愛着だけでは駄目です。愛があるからにはそれに対する理解が必要なのです」
「理解」+「愛情」が基本だという。
「でも勿論バランスが大切です。例えば、私は著書の中で『知的市民性』といった言葉を使っているのですが、先程(前編を参照)も述べた通り公民、市民的行動とは知識がなければ成り立
たない。しかし、知識ばかりでは駄目で、感性を持ってその場に応じた行動をするという事が必要なわけです」
ピアノの名曲鑑賞中は、黙って静かに聞かなければならない。でも学校はうるさくてにぎやかな方がいい。
「それが自然ですよ。静かな学校はまるで死んでいるみたいですからね。ただし道を歩いていてうるさいとかいうのはやはり問題なわけです」
こうしたことは「理解」に必要な知性と「行動」にともなう感性とのバランスがあるから判断できる。人との「出会い」と「対話」を通して身につけなくてはならない事だ。
発達のない時代
最後に記者は聞いてみた。 「環境教育によって子供はどのように育っていけるのが理想だと思います?」 先生は答える。
「そうですね。最近は子どもがバーチャルの世界に入り過ぎて、『現実離れ』『人離れ』『地域離れ』してきていると言われています」
今の子供達には、もう一度人間らしい生き方に戻してあげる必要があると先生は言う。
「『生きる』とはどういうことか考えさせないといけないのです。言葉を失い、言葉を発するための相手を失い。やがて地球全体を失う子どもが増えてきているのではないかと心配です」
最近、驚くほど無反応な子どもが増えてきているのだそうだ。
「アパシーどころじゃない。一人でいるのが当たり前。友達もいなくてもいい。現実の出来事には無関心で、将来何になりたいかというのもない。こんな子ども達がいるのです。怖い時代になってきました」
確かに怖い時代だ。では一体そんな子達には、どう接すれば良いのだろう?
「やはり自分一人で生きているのではなく、他人がいるから生きているのだと感じさせないといけません。もっと言うならば、わたしはこういう『まち』という環境の中で、『地域』という環境の中で、『家庭』という環境の中で、『学校』という環境の中で、『生かされて』生きているんだな、ということを実感させるようにしなければならないのです」
また、子供を成長させるための教育環境ではなく、子供が自分で成長していくため主体的に関わっていけるような教育環境に変えていかなければならないのだとも先生は言う。そのためには
「先生達が本気になって子供達へ喜怒哀楽のコミュニケーションを教えてあげないといけないと思います。0〜14歳までの時期に生きていくために必要な全ての『原体験』が終わっていないといけない。
でも今は社会が子供の発達を阻害している『発達』の存在しない時代なのです」
大変だ。このまま「発達のない時代」が続き、皆が無反応で人とのつながりを何も感じられない時代になってしまったらどうなるのだろう・・・。
「環境問題」は何も二酸化炭素の増加や海面の上昇、森林伐採などの問題だけではないようだ。本当に深刻なのは人が他人や自分以外の環境と関わり合うことを避けてしまう事。しいては自分の事しか考えられなくなってしまう事なのかもしれない・・・。
皆で分かち合い、共に生きるために、子供達へ教えてあげなくてはならない事はまだまだ一杯あるのだと考えさせられる。
【取材/執筆:神田麻里子】
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